人生日記

思いつきの文章を綴っている日記帖

1月終盤よも

こんばんは。最近寒すぎますね。

今日も、きわめて個人的な日記です。

 

胃カメラ

人生初胃カメラをしてきた。

健康な胃のキャラクター

巷では胃カメラは苦しいということがよく言われているけれど、今回診察を受けた病院ではカメラを口に入れる前に投与する鎮静剤が思った以上に強力だった。

口に胃カメラ入れらる瞬間の記憶すら全くない。さながら全身麻酔のようで、苦痛は全くない、というかそもそも苦痛を認識しようがなかった(ただし鎮静剤の注射だけ若干嫌な痛みで、腕に目立った血豆が残ってる)

今回とくに印象的だったのが、鎮静剤から目が醒めたときの感覚が、とてつもなくフワフワしていたこと。

この感覚は普段味わうことがない感覚で、心がとても開放的になり、饒舌になった。

僕は病院の待合室で人間が密集しているあの雰囲気が好きではないのだけど、鎮静剤を打った状態だと、その雰囲気に対するストレスがない。酒を飲んで酔える人間の酩酊状態ってこんな気分なんだろうな、と思った。

それと同時に、いかに普段の自分が不安と緊張状態の中で過ごしているのかもわかった。

 

…肝心の胃カメラの結果は、ピロリ菌とか胃がんの心配はない、とのことだった。けどポリープっぽいのがあって、病理検査点数が高くついて13kほど料金がかかってしまった。たか。

客観視

あらたまってこんなことを言うのもなんだが、なるべく僕は自分自身を意識的に客観視するようつとめている。

…というのも、普段プライベートで腹を割って話せるような関係性の人間がいない(というか特別な事情がない限り作りたくない)ため、そうした関係性の仲間を持つ人間ならズバッと指摘してもらえる短所などを自然と気づくことができず、ほんとうに意識的にメタ認知をしようとしないとすぐに世間一般の感覚から乖離した奇人になってしまうからだ。

 

客観視しようとしているとはいえ、それでもやっぱり自分のキャラとかパーソナリティがよく把握できていない。

たぶん精神分裂病的になっているな、他人がおそらく自分のことを「よくわからないやつ、スキゾイドっぽいやつだな」と認識しているな、というのは薄々察知しているんだけど、それをどうやってよい方向に矯正していったらよいかわからない。

 

そんなスキゾイドじみた性質を帯びた自分ではあるが、恐らく将来的にこんな感じになる可能性が高いだろうなと思う人がいて、それが何回かこのブログで言及している、phaさんや鶴見済さんや寝太郎さんだ(これらの方々にとっては、僕のような人間に名前に挙げられていい迷惑かもしれないが)

自己分析、他己分析

先の内容に関連するけれど、他人の分析は得意だけど自分の分析はとても苦手な人、ネットでよく見る。

(正常な世界を生きている)他人と触れ合うのが怖くて、孤独になった人はそれに陥りやすい。

他者の本質を突いたつもりの指摘してドヤるけれど、PC画面の前でそれを指摘している自分の様子が他人からどう見られているか全然想像ついてなかったり、「そういう指摘をしているけれど、じゃあ君自身はどうなの?」と言われると答えに窮するとか。

やるなら軍師、みたいな。現実世界では仮説を立てるだけではだめで、行動に本質が潜んでいるんだよなあ。。

YouTube

YouTubeってバカを相手にしなくてはならないことが前提(というと言い過ぎかもしれないが実際そういうジャンルが多い)のもので、バカからきたコメントにマジレスしないと気がすまないタイプの人はこういうのに向いていないんだと思う。

自分がバカではない、優秀だ、と言っている訳ではないし、おおむね人間にはバカな部分とそうでない部分があるのだけど、少なくとも優秀な人であってもYouTubeって脳をバカにした状態で見るものだと思う。大真面目に見るものではない。

そういうのを前提にして作れるかどうか。まぁ、エンタメジャンルは大体そういうものかもしれないけど、その浅さ深さの問題というか

 

…今日はメガネを紛失したり、吐き気があったり、とても食事が荒れたり、諸事情重なって落ち込んでしまいほとんど生産的活動が出来なかった。1月の残りはいい日にしたい。