verbalisierung

ボルテ空間別館。基本的にボルテについて理屈っぽく書き連ねる。たまにボルテに関係ない筆者の個人的思想も書く。

器用貧乏人の本懐

「趣味として絵がちょっと描けて周りから一目置かれるけど、絵師単体で見た時の評価は特に高いわけではないエンジニア」みたいな人たまに見かけるけど、どうなんだろう。

これのエンジニアを音ゲーマーにした時もしかり。

やりたいことや満足度の最適点を実現できているのか、それとも単にどっちつかずで夢を見るだけで終わってるのか。

端のボタンを押す指

ボルテ空間の方にもざっくりした記事を書いているが、さらに細かく。

 

・ある程度ボタンを深く押し込みたい場合、薬単体だと結構ブレやすいというか、接地安定性に欠けたり、腕と手の制御が効かなくなってバタつくという感覚が起こりやすい。

反対に中薬併用で押す場合「腕と手の制御が効かなくなってバタつく」感覚を防げるのだが、とても速い配置や細かい動きの小回りは効かないパターンが多かったりする。あと、手の大掛かりな動きを前提とするため、指のみで押そうとするケースでリズムに対する動きの解像度が低くなる感覚。(あと個人的に薬単体で押すケースに比べて人親で早ニアが出やすい)固定運指っぽいケースでも手の傾きとか腕全体を含めた動きすることが多い。

・薬単体で脱力押しする場合はボタンの重さとか影響してくる。

長い間中薬併用で押してきたためか、ボタンの重さとかほとんど気にならない人間だったんだけど、また薬単体脱力押しを試すようになって家の重めのボタンで無反応が増えてきてそこらへんに気を使う必要(指を脱力しても無反応ならない腕の使い方)生じてきた。ややこしい。

 

プレー中はこんなこと考えてたら邪魔なんだけど、プレー前後で色々考えたりする価値はあると思う。

「指とか考える意味ないやろ…」的スタンスの人もいるだろうが、個人的には端のボタン押す指変えると(特定のケースで)普通にプレーに差が出てくる。

ボルテに対する熱意

だいぶ前にMINIさんが「20PUCに人生を懸ける」といった趣旨のツイートを(韓国語で)していた。

 

自分はボルテが「楽しいからめっちゃ好き」ではあるのだが、「人生を懸けるもの」という位置づけまでは行かない。自分の人生の目的は他に存在する…と思ってしまう。だからボルテに対する熱意やモチベを点数付けするとしたら、80点くらい。

 

プレー中はもちろん全力で集中して光らせに行くのだが、それ以外の「思考し手間をかけてあらゆる手段を使って上達する」という気迫が足りていないと思う。

譜面研究だったり、動画を撮りエラーの原因を確認したり判定を掴んだり、様々な運指方法や感覚を検証したり、そうした手間を現状惜しんでしまっている。

(いわゆるPDCAサイクルを回すのが下手な部類の人間だと自分で認識してる。)

 

人生を懸けて取り組んでる人との成長速度差、恐らくそういう部分にあるのだなぁ…と思ってしまった。

思考力とモチベーション

思考力はモチベーションに左右される部分も案外大きかったりする。

用いるべき部分には精神論を用いることも結構大事かもしれない。

 

(というのは単純すぎる結論だからもう少し議論を深める余地はある)