よくよく考えると、中学くらいの時から自分の将来の夢はニートだったと思うんだよな。
医者、政治家、研究者として働くような自分の姿は1ミリも想像がつかなかった(両親とも高卒であまり良い職には就いていないのも、深層心理で影響しているかもしれない)。当時から、一生遊んで暮らしていたいと思っていた。
…という低い志ながら、なぜ当時は(少なくとも勉強に限っては)全く堕落することもなく優秀だったかというと、"受験勉強"は"学問"でなく単なるゲームと同一視出来たから、という理由に他ならない。
今こうした体たらくになっているもの当然といえば当然なのかもしれない。
…でも「ゲームで勝とう」「楽しく暮らしたい」という意欲すら無くなってしまったら、それはもう生きる屍同然であり、ネガティブな敏感さだけが増していき、じわじわと苦痛に対する耐性が下がっていく。