人生日記

思いつきの文章を綴っている日記帖

虚栄心を短期的にうまく使う

社会人として成功しているか否かの判断は、成功の定義が曖昧だからなかなか難しい。

収入、職場での地位、など色々あるが…

社会人の期間は長いので、成功するか否かは幸福度の大きい部分を占める。人生飽きたなあと言いながら若いうちに自殺しない限りは。

 

受験でどれだけいい成績を取れるか、みたいなのは、社会人としての能力にそこまで影響しない。

テストでの点数付けは、社会への貢献でなく他者との競争で自己アピールすることにしかモチベーションを見出だせない未熟な精神に報酬付けするために、他者との数値比較競争成分を混ぜ込んでいるだけなので、虚無みがある。

他に強みになるポイントがない人間であれば、それで自尊心を保つのも間違ってはいない気はするけれど、勉強の目的を履き違えていると社会に出てから苦しむ。数値比較して競争する場は大人が用意した遊び場だから。

 

人間はいつか死ぬから、後の世に何か残さないといけない。その目的を満たす行動からズレて、競争による一時のドーパミンに依存していると、幸福から遠ざかっていくような気もする。

 

…でも「競争によるドーパミンで行動の動機づけする」のを全く用いないのもまた理想論だなあとも感じる。使いようによるというか。

見栄などを一切抜きにした純粋な動機だけで常に物事を進められるほど人間の精神はストイックに出来ていないから、多少自己欺瞞があるなあと思っても、一時的に他者との数値比較による虚栄心などをカンフル剤的に用いて、物事へのキャッチアップを図るのはまあ現実的にアリかもしれないというか

不健康だと解っていても、人間は砂糖を摂ることをやめられないのと同じで。

 

だから本質的でないなあとは薄々感じていても、昔他人と数値比較して喜んでた時のように、欺瞞がちな敵愾心とか他者との競争とかで行動の動機づけするのもたまにはいいんではないかと思う。