人生日記

思いつきの文章を綴っている日記帖

労働者は奴隷なのか?

労働環境に関わらず、給与労働者は皆等しく奴隷である、と表現する富裕層の人がいる。

 

そういう人が、たまに冗談めかして暇つぶしにバイトしてみたいとか言い出すのがよくわからなくて、こういうのを見ると、「莫大な金銭資本を得た人は社会資本を失いやすい」現象の証左なのかなと思ったりする。

40代中盤で1~2億ほどの資産を貯めてFIREしたおじさんとかが、資本家(気取り)の自分の生活、そこに辿り着くまでの自分の人生を正当化したくて、労働者は奴隷であると表現しているような感じ。

(まぁ奴隷という表現は「労働者である限り、資本家とは違って真の意味での自由ではない」ということの誇張表現であって、本気でそう思っている訳ではないだろうが)

 

激務で超有能な外コンとかも年収2000万くらいで大体は頭打ちで、自分は激務とか無理なので(そもそも能力的にも)当然そこにも到達する見込みはなく、いかに""資本主義で""有利に立ち回るか考えないといけない…。

よく引き合いに出されるr>gは変わることはない、とピケティ自身が言っていて、格差是正とか弱者救済とか考えても意味はないから、自分自身がr側に行くことだけまず考えないといけない。仕事周りに限定されない様々な文化資本を用いながら。寄付などはウォーレンバフェットやビルゲイツにまかせておけばいい。

(度々言うが、若いときはお金のことを考えすぎず、若いときにしか享受できない幸福を忘れないようにしながら…)

 

現状の延長線上のまま行ってしまうと僕は将来的に富裕層になる見込みがないですし、それどころか、3~40代になった時の自分の姿すらあまり想像ついておりませんが。

働いた先に何があるか、人生の目的がどこにあるか、というのは考えないとなぁと思います。人はみな等しく死にますが。